あまのじゃく.ひねくれもの.すね者などと呼ばれるタイプである。

 自立性ということに、こだわりがある。ところが、このタイプの人々の自立性の感覚はふあんていであり、他人のほんの些細な指示にも「自分の当然の自立性が侵害された」と言う被害感を感じてしまう。

 たとえば、職場で上司がほんの少し強い口調で指示を出しただけで彼らは「なんて横暴な!」と受け取る。端から見れば当然のことであっても、このタイプの人たちは、「自分の領域を侵害された」と感じる。そして彼らの感情は、不機嫌の方向に流れやすい。そして、それを表に表す。否定性性格者は、すぐにむくれる人たちなのだ。 

 では、彼らはあからさまに上司に抗議するのであろうか?否。

 彼らは、上司との関係を切りたいとは思っていない。それどころか、あからさまな対立関係にしたいとも思っていない。

 否定性性格者の自立性のレベルは、依存性性格者と真に自立的な人々との間あたりにある。否定性性格者は、結構依存的なのである。相手が上司であれ、教師であれ、親であれ、恋人であれ、否定性性格者はむくれた顔を見せつける相手との関係を断ち切りたいとはほとんど思っていない。彼らは、自分たちはその関係なしではやっていけないと思っている。

 だからといって、「不当な侵害」に対して退いてもいられない。そこで彼らが行うのは、消極的抵抗である。職場などでよく見られるのは、気分を害した彼らが、見とがめられるぎりぎりのところでサボタージュを行うことである。わざとゆっくりやる、わかりきっている仕事の手順を何度も上司のところに確認に行く、等である。

 彼らの腹いせは、不毛なものだ。物事が遅れるということは、彼らの仕事も進まなくなるということなのだから。ちょっとひねくれてみせることによって人生の中でどれだけのロスを生み出しているか彼らは気づいていない(このサボタージュが、「原因不明の心身症」などの形で現れることがある。ここまで来ると、彼らは消極的抵抗のために人生を捧げることになる)。

 気分でむくれているだけで、「そんなやり方よりも、こういうやり方の方が良い」という代案はまず持ち合わせていない。

 読者は、なんて不毛なパターンを繰り返している人たちだろうと思うかもしれない。だが、否定性性格者は人間関係でのストレスを発散する小技の達人であるといっても良いかもしれない。見ようによっては、「相手との関係を破壊することなく、自分のプライドを守る」ことに成功している人たちである。彼らが「扱いづらいやつ」という汚名を着せられても、その代わり、他人の思惑などお構いなしに我が物顔に振る舞う横暴な人物に、否定性性格者に対してだけは、扱いを慎重にならせることに成功するかもしれない。 「一定の自立性を確保する」ということには彼らは成功を収めるかもしれないのである。