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活動予定と代表者紹介

コーチングに活かす解決志向セラピー
5月9日(水)より3回 19:00~20:30
桜美林大学アカデミー四谷校
発達障害の見分け方と対処法
6月6日(水)より4回 10:30~12:00
桜美林大学アカデミー四谷校
問い合わせ・申込先03-5367-1322 mhiroumi@obirin.ac.jp
ダーバ自閉症療育フォラムホムペ全面変更予定(近日中)

矢幡洋(代表)プロフィール

 1958年生。京都大学文学部心理学専攻卒業後、沖縄の精神病院で相談室長として心理業務に10年近く従事する。その後、(財)明治生命厚生事業団ウェルネス開発部副主任研究員としてストレス管理の研究を約7年行う。千葉大学・東洋大学・西武文理大学で講師を歴任。矢幡心理教育研究所設立。テレビその他のコメンテーター活動の傍ら、著作活動を行う。臨床心理士。

最近のマスコミ出演

マスコミ出演情報
6/10 日本テレビスッキリ!ビデオ出演「社会現象としてのAKB総選挙」
5/27 フジテレビどぴんち!!スタジオ出演「ハプニングへの対処」
5/20 日本テレビミヤネ屋スタジオ出演震災後の日本人の心の変化
5/12 日本テレビミヤネ屋スタジオ出演上原さん最後のブログ
アサヒ芸能5/26「菅直人・枝野幸夫」コメント
週刊現代5/7,14「ヨシダという男」コメント 
4/21 TBSラジオ被災後結婚紹介所登録増加の件
4/20 産経新聞福島県民への「放射能」差別          
3/1 日本テレビミヤネ屋沢尻エリカ会見
2/28 TBS昼オビ小向美奈子件
2/15テレビ朝日やじうまプラス小向美奈子事件
2/14 テレビ朝日スーパーJチャンネル小向美奈子事件
2/11 J-WAVE視線の方向

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ブログ

エリと考える発達障害って何だ?

ほんの3年前に

  • 2012.01.27 Friday
  • 22:30
互いを宿敵と定めた二人の男がいた。
生涯にわたり、憎み合い、罵りあい、争った。
何年も音信不通の後、二人は出会った。
一人の男は、何も反応しない妻の口に流動食を運んでいた。
もう一人の男は、障害を持つ娘の手をひいていた。
一瞬にして二人の男は理解した。
もう、争う理由が何一つ残っていないことを。


ロマンチックを拒絶する

  • 2012.01.27 Friday
  • 19:31
昨日は「夫婦で手を携えて彼の地におもむく」なんて書いたけど
 生者の側のきれいなお話に過ぎない
 7年間植物人間だった母
 癌と闘いながら7年間介助を続けた父
 母の余命が宣告されたとき
 これまで父を支えていたものが一気に崩壊し
 母よりも先に逝くかも知れない
 ここにあるのはただの悲劇だ

 そう思って真夜中に一人で涙をこぼした
 

母の死の向こうに父の死が見える

  • 2012.01.27 Friday
  • 18:30
「座骨神経痛」で医者に行くという話は以前にきいたことがあったが、どうや
らそれははたから見ると足を引きずるような感じだったらしい。
 父は、「母の命はもってあと1ヶ月」という宣告をきいた後から、これが悪
化し、ほとんど歩けないような状態であったらしい。
 そして、数日前から、話が周囲にほとんど聞き取れなくなった。
 肺に水が溜まっていった。それを取り出すために、今日、入院。母の老人
ホームに行ったとき、父はすでに別の病院に行っていたのだ。
 肺から水を取り出すのと、がんの手術(高齢のため、かつ、何度目かの手術
のあとで、すでにがんが小さいため、痛みを和らげるだけの手術らしい)のた
めの入院だった。
 電話を取った妹からこの話をきいたが、妹は、「母に続いて、父もなくなる
のではないか」と感じたらしい。
 実は、僕もそれを感じていた。
 長年、夫婦の一方ががんに侵された場合、その一方が亡くなってから1年以
内に看病していたつれあいがなくなる可能性は高い。
 長年の看病からくる緊張と張り合いが一気に失せて、免疫力が低下するため
だ、と言われている。
 父もそうなるのではないか。
 母の死の向こうに父の死の影が見えているような気がした。
 思い過ごしではなかった。
 妻を失う、そのことが、寿命を縮めるぐらいに、父は、母を愛していたとい
うことだ。
 深い愛は、時として人の命を奪うほど深い宿痾と成りうるものなのだ。
<終>

河の向こうへ

  • 2012.01.26 Thursday
  • 20:50
別に母が「一人で行くのは寂しいから、一緒に来て」と父の袖を引いたわけ
ではない。
 あの夫婦は手を取り合って彼の地へとおもむくのだ。それが約束であったよ
うに。
 

父の死の宣告

  • 2012.01.26 Thursday
  • 16:25
先程、妹から連絡が来た。
 父の入院先の主治医から言われた。
 父は、母よりも先に逝くかも知れない。
 <終>

危地

  • 2012.01.26 Thursday
  • 15:59
 10年以上前に妻の父親が逝去したときとは、現在の葬儀システムは様変わ
りしているらしい。
 
 妻の父親の逝去の夜、実家にご遺体を安置して親族・姻戚で1晩を過ごした。
すぐに葬式。
 
 今は、葬儀会社がすべて手配するらしい。ご遺体はドライアイスで保管。
 葬儀会社が設定した通夜スペースがあり、葬式の日取りも含めて葬儀会社の
手配で1週間は待たされるらしい。
 
 母の死が何時になるかということよりも、その後衰弱に一気に向かうであろ
う父親の精神をどれだけささえられるかということに関心が向かっている自分
を感じる。
 
 母の死の宣告、その後1週間ほどして父の入院。父と大事な相談をすること
もできない。
 
 気がつくと、僕は人生の危地に立たされていた。
 
 <終>

母に続き、父が

  • 2012.01.25 Wednesday
  • 20:20
 母は、やせ細っていたが静かな目を宙に向けていた。ずいぶん痩せてしまっ
たな、と思った。声をかけ、しばらく母の腕の上に手をおいた。
 
 植物人間化した人の最期は筋肉が衰えて咀嚼する力がなくなる。事実上の餓
死なのであろう。
 
 ちょうど、浴室にスタッフが連れて行くところで、ほとんど時間を取らなか
った。
 
 水分は安定して取っており、まだ「明日か、明後日か」というような段階で
はないらしい。
 
 老人ホームでは、もう「看とりケア」の体制をとり始めているようだ。
 
 そんな中、父が今日、入院した。
<終>

他者への関心

  • 2012.01.24 Tuesday
  • 13:11
IMGP1687.jpg
エリが、F●2プログの「訪問者リスト」(アメーバのペタと似たようなも
の)に興味を示し始めた。以前は、「ランキングで抜いた、抜かれた」につい
て、帰ってくるなり第一声、訪問者の方は、おざなりにクリックする程度だっ
たのが、ここ数日間「どんな人?」と言ってくる。相手のプログのプロフィー
ルの上の方だけをチラリと見るだけだが、一応、「どんな人なのか」を見よう
とする。昨日は、ライバル視しているプログという訳ではなく、プログに接し
始めた頃に見て妙に気にしていたプログをブックマークしていた。他人への関
心が増しているのだろうか?とにかく、世の中に色々な人が居るというこのこ
とだけでも、漠然と分かってくれれば、と思う。

 祖母の死が間近であることを初めて告げたが、第一声は特に感情も示さず
「服は、何を着ていけばいいの?」ときいただけであった。その他、感情的な
リアクションは一切なし。
 
 自閉症児にはよく聞くエピソードである。しかも、植物人間状態の祖母しか
エリは見たことがない。こんなものなのだろう。むしろ、それが「特別な場」
であることを理解している、という点で評価してあげたい。
 <終>

孝行息子

  • 2012.01.22 Sunday
  • 23:44
03.12月23日ゆうき 019.jpg
親の死が間近だと聞いて、「〇〇をしておけばよかった」と後悔する人は多い
と思う。
 7年間植物人間状態で特に母親を喜ばせることが原理的に不可能だった僕の
後ろめたさは多少違うものかもしれない。
 自分の人生の中で、母親が重要な存在であった時期が短かった。
 これに尽きると思う。
 母親が重要な存在であったとき、それは僕の幼児期まで。それも、憎悪の対
象として。
 母親は、熱過ぎた。僕を愛してくれていることは分かった。
 だが、ことあるごとに泣く、怒る―ヒステリック過ぎた。
 ある時、母親は大きなカブトムシを見つけてきて、僕の目の前で、カブトム
シを串刺しにした。
 「これを、観察して、写生しなさい」と母は僕に命じた。
 もがく甲虫の動きがしだいに弱まっていく。
 それを、間近で見せつけられたときの恐怖は、今でもありありと残っている。
 母親は、世界で、いちばんにくい存在だった。
 弟は、小学校時代から、非行傾向を見せ始めた。
 母親の愛情と関心はすべて弟に振り向けられた。
 ほっとした―それが正直な気持ちだった。
 僕がもう青年と言えるような年齢になってから、母親は「お前には、厳しく
しすぎた。私も若かったし、最初の子供だったから、正しい方向に育てようと
必死だった」と言った。
 それから、自分の中で母親への憎悪が消えていった。
 「なぜ、自分は母親に対してプラスにせよ、マイナスにせよ、こんなに感情
が湧いてこないのだろう」それを不思議に思うほどに。
 よく男性が語る「母への思慕」 僕にはそれがどういうものなのかサッパリ
わからない。
 エリの顔立ちは、ことに〇歳から1歳の頃、祖母である母親にものすごく似
ていた。
 エリがハイハイができるようになったころ、僕の後を追ってくる顔が一瞬母
親の表情に見えた。
 ぞっとした。この世で、息子からの愛を得ることができなかった母親が、孫
へと転生して僕を追ってきたかのように感じたから。
 「お前は、何でも最後はひとりで解決してしまうから、張り合いがないよ」
と母から冗談半分に言われたことがある。
 母にとって、孝行息子は、次から次へと手間のかかる問題を持ち込む弟の方
だった。
 僕は、孝行息子ではなかった。
 <終>

カウントダウン

  • 2012.01.21 Saturday
  • 22:39
_MG_1920.jpg
 「母、危篤」
 いつ連絡がきてもおかしくない。
 重苦しい空気。
 この状態で、バラエティー番組の収録か・・・
 なんとか、それなりにやらなくちゃね。
 ひと晩たって、エリにおばあちゃんと手を握らせるとか
 全部取り下げることにした。
 全部、俺の勝手な「思い込み」にすぎない。
 そして、母親に対する後ろめたさを少しでも払しょくしたいという都合のよ
さ。
 エリに、その役を押しつけるわけにはいかない。
 エリは、植物人間状態のおばあちゃんしか見たことがない。
 いつお見舞いに行っても一言も言わなかったおばあちゃんの横でお医者さん
が「ご臨終です」と告げる
 エリにとっては、それ以上の出来事にはなりえないだろう。
 エリや僕以上に、母親に対して「思い」をもっている親戚縁者だっているは
ずだ。
 最後の貴重な時間は、そういう人たちに優先されるべきだ。
 僕は、父親の指示にゆだねることにする。
 7年間、老人ホームに通い続けた父には、その権利がある。
<終>

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